あなたにとって科学とは何か-2

柴谷篤弘は「あなたにとって科学と何か」で、分析的・部分的・断片的性格をもつ科学の知とは別の、もう一つの知がある、といっています。自転車乗りや水泳のような体を使って覚えていく体技、農業や漁業に携わってきた人の直観、職人の集中力と練磨による手仕事の完璧さ・・。

自然現象でも、分析的・部分的な科学的認識ではうまくいかない領域がある。そういう時、もう一つの知の活動がより行き届いた認識をもたらすのではないか。

伝統的な文化の中には、自然科学が最近まで捉えられなかったような、全体的な動きをあたかも十分に理解していたうえで考え出されたような解答をもって自然と向かい合ってきた人々がいる。分析によらず、直観的、全体的にこの種の理解に到達することも可能だということである。禅における悟りもこうしたものと関係しているのではないか。

左脳は言語的認識、数学的因果的認識、時間の認識に秀でている。右脳は空間的認識、視覚的認識に秀でていて、体技などにふりむけられる。右脳の意識は、多数の対象を全体的に扱う。

科学的文明は、左脳を極端に開発し、右脳の使用を制限し、委縮させている傾向があるが、これにたいして、特に東洋では右脳を活性化する試みが長く行われてきた。インドのヨガ、中国の道教、禅、日本の伝統的な修行の方法は、左脳の流れを止め、左脳の分析的活動から解放し、右脳を開発することを目的としているのではないか。

弓道を学んだヘリゲルが分析した非言語的な知のありよう、オーンスタインがいう禅による悟りもそのようなものではないか。

(科学で)えらえた知識は、科学以外の、いわば陰の知によって、人類の多くの社会において、実はまったく独立に、しかもしばしば、近代科学勃興のはるか以前に、人類の手に入っていたのです。(p229)

右脳を開発させ知を手に入れる方法としての身体的修行・・。
太極拳は、動禅といわれ、左脳の動きを止め、空間的視覚的な右脳を開発する訓練になります。
私にとっては太極拳を練習することが知性を磨くことになる、
本を読まずに直観で真実を把握する修行になる、ということ?!。

太極拳・ヨガ・気功関連でない本で、こういう言葉に出会えたことが、ちょっとうれしい!

 

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